INTERVIEW<2>

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川北 では「よし起業するぞ!」という意識で立ち上がった訳ではなく?

 湯浅 全然ない! 元々病院で看護師をやってて、「ちょっと違うことをやってみるか。ダメだったらまた看護師に戻ろうっていう気持ちで転職したの。

川北 まず尾鷲に進出した介護会社のスタッフとして採用されたんですよね。

 湯浅 そう。何よりね営業が楽しかった! 今の副理事長達と一緒に、チラシを持って地元を回ってました。本社指定の定型チラシを無視して、勝手に自分たちの写真をチラシに入れこんで(笑)。だってお客さんは、介護を会社で選ぶ訳じゃないでしょ? 「湯浅しおりちゃんの所にお願いしたい」って言ってくれるか否かだと思う。

 当時一度だけ東京の本社の人が尾鷲に来て「なんであなた達はそんなにも勝手に色々やってるんですか?」って驚かれたことがある。その時はね「お客さんが増えたらええんやろ? 私が成績を伸ばしたるからアンタ達はまぁ待ってなさい」って(笑)。ほんまにその後、何も言わんといてくれましたね。実際に売り上げは伸びてましたから。

川北 その後、「特定非営利活動法人あいあい」として独立スタートしたと。

 湯浅 そう。「アンタの動きはもう会社を興しとる。独立したら?」ってある人に言われてね。その時の相棒で、今の副理事長に「こんな事を言われたんやけど、どう思う?」って相談したら「付いていくから、右でも左でも好きなようにしな」って言ってくれて。そんな言葉を聞くと「こいつ達を金持ちにしてあげたい」ってムラムラ〜ってきて(笑)。「ダメでもいいじゃん、面白い事を1回くらいしよう!」って始めました。

 そこでNPO法人。私は講演会でもハッキリ言ってるんだけど、NPO法人にしたのはお金がいらない法人だから飛びつきました。そのうちNPO法人本来の意味が分かって「あ、コレってウチらが今やってることやん」と。

 あと、当時所属してた会社にも感謝で、いろいろ考えて「撤退」っていう言葉を使ってくれたんだと思う。感謝しかないですね。おかげでお客さんに迷惑をかけることもなく、いっぱいお金を借りずにスタートできました。

川北 始めは「24時間365日営業の訪問介護・看護」事業をスタートさせたんですよね?24時間って考えただけでも、大変そうですが…。

 pe2湯浅 何に私が燃えたかっていうと、この仕事は、人の人生に踏み込んで、ほっとけなかったり、感動したり…なんです。大きなことをしよう!としているのではなく、常に目の前の困ったことを「何とかしなきゃ!」っていう気持ちだけでやってきたんです。でもね、それと同時に、「こんなに人の人生に踏み込んで私大丈夫かな」というためらいの気持ちも、ほんの一瞬あったかな。雇われ営業マンの頃に(笑)。


 

 NPO設立から約4年後、湯浅さんは初めて大きな融資を受けたと言います。8,000万円の融資を受けて『グループホームあいあい』の設立を決意。しかし、完成前日、火事で施設が全焼してしまったのだそう。泣き崩れる設計士の横で「オープン前で良かったじゃん!誰にも怪我がなくて良かったじゃない!」と言える…恐ろしく無私の人。その心に触れたくてインタビューにお邪魔した感じです。


 

 湯浅 火がついたら焼けるんやから仕方ないよね。夜に電話を受けて現場に向かったんだけど、電話で状況を聞いてまずホッとしたのが第一印象。当時営業していた他の施設は、もう入居してる人がいたし、ご近所さんも密集していたから。「わー、そこやったら他に火は移ってないよね。被害に遭った人も居ないよね。ラッキーラッキー!」って言いながら現場に行って、スタッフや設計士さんを励まして歩いてました。警察の人は不思議がって怪しんでた(笑)。

川北 普通は一番取り乱すはずの人ですもんね(笑)。それにしても、一瞬でそう思えるところがすごい。

湯浅 起こったことは取り返しがつかんもん。それを悔やんだり、憎んだり、悲しんだりしてる暇があるなら、明日笑える日を作らなきゃ。

川北 他にも色々あったと思うんですが。

 湯浅 あったんかな? 「苦労したでしょ」って人によく言われるけど、楽しいと思ってなかったら14年続けてこれなかったと思う。看護師をしてた頃は、自分のミスで人を殺しちゃう。それを思うと、それ以外のことやったら平気やって。何かが起こった時、いつも比較するのは究極に辛い事。それと比べたら、あとは全部「屁」よ。あ〜屁が止まらん! フフフ(笑)。


 

この後にも出てきますが、湯浅さんのお話の中で『人には色々ある』という言葉が印象的です。介護施設にいるお爺ちゃん・お婆ちゃんにも色々あって、そのご家族も同様に色々ある。スタッフもまた同じで……。湯浅さん、最近では犬を見ても色々あったんだろうなぁと思えて泣ける、と笑っておられました。それはきっと、ご自身の経験に基づくものなのでしょう。これまで起こった色々な問題を湯浅さんは「屁だ」と笑い飛ばしましたが、もちろんそんなはずはありませんものね。


 

 川北 尾鷲の町でスタッフを確保していくのはどうでしたか?

 湯浅 とにかく私が一番最初に狙ったのは、子供が小さい女の人。一番社会に出られない人達であり、一番体力があって頭の回転も速い人達。そういう子達に子連れ出勤してもらうところからスタートしました。「子供連れて働きに来なよ。誰かが見てるから」って。

 川北 いいですよね、それ!

 湯浅 女性が働きにくくなる理由は、主に子育てですよね。保育施設を充実させようとする今の世の中も良いけど、私は子供と一緒に働ける会社を作る方が早いかなって思ったんですよね。私自身、2人の子供を見てくれる人がいなくて大変だったし、子供にも可哀想な思いをさせたから。だからとにかく「子供を連れておいで」って。だから施設にはガチャガチャ子供がいたよ。誰がお客さんの子で誰がスタッフの子か分からなくなる事もしばしば(笑)。

 川北 夏休みや冬休みは特に大変だったんじゃないですか?

 湯浅 うーん、ホームのお爺ちゃんやお婆ちゃんが遊んでくれる事もあったし、スタッフの誰かが相手をする事もあったし、色んな大人と触れ合ってたんじゃないかな~。

 川北 子連れママさんスタッフは助かる一方で、そうじゃないスタッフさんもいますよね。皆さん状況をどんな風に捉えてたんでしょう?

 湯浅 スタッフには「子連れ出勤を平気に思う親なんていないんだよ」ってことを周知徹底しました。「自分の子供が迷惑かけてないか」って、親ならみんなヒヤヒヤしてる。そう思いながら働いてるんだから、やっぱりそこは理解してあげて、お互い協力しようよって言ってました。ちなみにその時『あいあい』で育った『あいあいチルドレン』の中には、今ウチで働いてる人もいるよ。親子二代で。

 川北 なんだか理想ですよね!子どもが親の働く姿を見て、同じ仕事を選び、共に働く。そんな湯浅さんが大切にされていることはなんでしょう?

 湯浅 「みんな仲良く」。やっぱり良いムードの中で仕事ができていると、絶対に良い仕事に繋がっていきますよね。何か問題が起きたと報告があると、まず必ず聞くのよ「みんな仲良くやってる?」って。絶対に利用者さんに伝わるのよ。痴呆の人もいるけれど、その人たちにもちゃんと伝わる。隠せないよね。

湯浅しおり様インタビュー
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