10年間の子育て期間を経て起業。今や三重のキャリア教育を牽引!

特定非営利活動法人a trio(アトリオ)/理事長
山口友美(津市)yamaguchi

兵庫生まれ、津市出身。子育て中にパート職を経て正社員に。そこで新規事業の立ち上げ、人材育成を経験し「これが自分の天職」と独立を決意。

キャリアコンサルタントとして開業後、『a trio』を立ち上げる。五感で感じる職業体験の場を子供達に提供すると共に、採用側を対象にした人材育成セミナーも実施。
女性のための就職支援『Woman’s future center』も開設、無料キャリアカウンセリングをしている。2015年にはキャリア教育の功績が認められ「平成26年度文部科学大臣表彰」を受けた。

NPO法人アトリオHP http://a-trio.net/index.html
三重県教育CSR『三重チャレ』HP http://kyoiku-csr.com
Woman’s Future Center HP http://a-trio.net/wfc/


Message

今回、訪れたのは、「三重を『幸せな仕事』をしている人たちでいっぱいにしよう」をミッションに活動していらっしゃる『NPO法人a trio』理事長の山口友美さん。小・中・高校生を対象にした『しごと密着体験』、高校生・大学生を対象にしたインターンシップ『三重チャレ』を主宰しておられます。私も高校生二人の子を持つ母として、兼ねてからキャリア教育には興味があり、すごく楽しみにお伺いいたしました。
先日お会いした時は、オランダの子育て視察についてお話して下さいました。オランダの赤ちゃんってオムツが気持ち悪くなったら「替えて」と言えない代わりに決められた場所に自分で行くんだそうです。それは保育士さんたちが何度もかがんだり立ったりしなければいけない身体への負担を考えてのことなんですって!
日本とは全く考え方が違いますね。そして、兼ねてから山口様のお活躍のお噂をお伺いしていたこともあり、念願叶ってのインタビューとなりました。


 

INTERVIEW<1>interview01

 

川北 今日はよろしくお願いします。たくさん、お伺いしたいのですが、順番に(笑)。
まずは、山口さんはどんなお仕事をされていたのですか?

山口 実はね、私は子育て期間の方が長かったの。10年よ。学校を出てから、証券会社の営業として就職しました。それから1年で結婚を機に寿退職をして3人の子供を生み育てました。子育てはとっても楽しかったですね。一生このままでいたかったくらい(笑)。

川北 へー!そうなんですかー!意外です。バリバリ働かれていたのかと!子育てが楽しかったのに、復職されたんですね。どんなきっかけがあったのでしょう。

山口 ちょうど一番下の子が通う幼稚園で「パートの事務員さんを探してるんだけど、誰かいない?」って声がかかったんですよ。それで手を挙げました。ずっと子供と一緒にいたいと思っていたんですけど、気づいちゃったんですよ、「どうもこれは長く続かないぞ」と(笑)。彼女達は大きくなるにつれ友達との時間を大切にするようになる、そうなると私は遊んでもらえなくなると(笑)。それで飲料の自販機メーカーで、15時上がりの事務パートを始めました。

川北 10年ぶりのお仕事はいかがでしたか?

山口 怖かったですね。電話に出ること一つ取っても怖い。あの頃一番落ち着く場所は、会社の給湯室でした。あの狭い場所に籠って湯呑みを洗っている時、唯一心が安らぎました。現在私は女性のための就職支援事業も行っているんですが、当時の気持ちは今でも忘れないでおこうって思いますね。主婦の方が一歩踏み出して仕事をする時の、あの感覚を。

川北 なるほど。その時のお仕事内容が今に繋がっているのでしょうか。interview02

山口 それはもう少し先なんです。当時コンビニが急成長して自動販売機の売上が全国的に低迷したんです。それで会社が新規事業を立ち上げるということになり、パートの私が抜擢されました。本社では「3人も子育てしている30過ぎの女性に新規事業ができる訳がない」という声もあったそうなんです。ただ上司は「大丈夫。君の笑顔があれば」って言ってくださり。それで正社員になって、喫茶店の新店立ち上げに携わるようになってからです。

川北 そのお仕事は具体的にどんな内容だったのでしょう。

山口 店舗設計図をいただいて、必要な什器・備品を発注、それと並行してスタッフの募集広告を出して採用面接、消耗品の在庫管理をしながら入社したスタッフを育成する……、そんな感じです。

川北 事務のパートさんからいきなり?! それはすごい!

山口 しかも新規事業だからノウハウがないんですよね。「どこに広告を出しましょう?」って電話で本社に聞いても「僕は三重の人間じゃないから分からない、自分で電話帳を見て調べて」って言われて。でも仕事のイロハもその時叩き込まれました。ありがたかったです。報告の電話をしても「結論から言いたまえ!」と。2回くらい泣きながら電話したこともありましたね。

川北 それは大変でしたね。

山口 でも今になって思うと、それが中小企業の良い所だって思いますね。裁量権が与えられて、チャンスがあって。けれど当時の私は「あなた達のためにやってるんじゃないの!」っていう意識がどこかにあったんだと思います。頼ったら最後は何とかしてもらえるんじゃないかと。その期待は外れまして(笑)、そこから自分は変わったんじゃないかと思います。

INTERVIEW<2>へ

山口友美様インタビュー
123